ごみと青い岩

【経済学からコロナと政治を見つめる】第2章 危機下の意思決定

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 前回までのおさらいはこちら。

blue-rock53.hatenablog.com

 

blue-rock53.hatenablog.com

 

今回は、いよいよ危機下の意思決定は一体どのようなものかを整理してみた。

 

 

危機とは何か

平時の各主体の行動

軽く前回のおさらい。

平時の時の政治家・投票者・官僚の行動は以下の通りだ。

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そして、各主体の間には基本的に情報の非対称性が存在している。

 

危機とは何か~4つに分類される緊急事態~

では、今回の新型コロナのような感染症という危機下において、これはどのように変化するのだろう。

だが、そもそも危機とはどのような事態だろうか。

以下は、内閣府の資料を基にいわゆる危機と呼ばれる緊急事態を分類した表である。

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今回の新型コロナは、下から2番目の新型インフルエンザ等に該当し、基本的に根拠法に示される通り、特措法の基に対策本部が内閣官房に設置され、対策に関しての意思決定がなされている。
 

判断を誤りやすい危機下の意思決定

このような危機下の意思決定は、平時と比較し何が異なるのか。

大きく特徴的なのは、情報の非対称性が拡大すること、緊急性が求められるという2点だろう。

合理的選択モデルを拡張して政府の危機管理について分析したCongleton(2004)でも「緊急性と無知こそが危機管理の本質的な特性」(P15)とし、政府内の意思決定が分析されていた。

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今回のコロナの過程を見ても、それは非常に納得感があると思う。

1月くらいには「ハリウッド映画じゃあるまいし笑」なんて思っていた節もあった。感染症がここまで経済や生活に影響を与えるというのは、とても驚いたものだ。

 

そう、危機下では結果がどうなるか非常に予測が難しい

そして、どんな要因がどれだけ大きく、どんな結果をもたらすか等を正確に予測するのは困難だろう。よって、政治家は専門部署の官僚や専門家等から情報を貰う必要がある。特に感染症なんて医学的な知識も必要だろう。

つまり、政治家や官僚、アドバイザーの専門家との間の情報の非対称性は大きくなる。

もちろん、私たちと政府との間の情報の差も大きくなる。

 

また、「ま、まだ詳しいこと分からんし待機やな」とも言ってられず、限られた情報の中で迅速に対処しなければならない点も危機下の大きな特徴だろう。

故に危機下では、政策に関する意思決定を誤る可能性は高くなる。

 

以上!今回の結論!

 

興味のある方は、引き続きお付き合いを。

 

危機下の各主体の行動

では、もう少し詳細に危機下の意思決定過程を整理してみよう。

ところがどっこい。なかなか経済学をベースとした危機管理の分析を行った文献は少ない。

 

その中では、2009年の新型インフルエンザの対応をゲーム理論(これも経済学の一分野)を応用して分析した笹岡・福本(2012)や、同じく新型インフルエンザの対応について政策の終了段階の意思決定について分析した佐々木(2017)は、非常に参考になった。

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両者の研究に共通しているのは、危機下にあっても政治家の行動原理は変わらず、落選(失職)のリスクを恐れて投票者の選好を見極めて意思決定を行うという点だ。

しかし、今回のように未体験の危機の中で投票者が何が最も望ましいかを見極めることは困難だろう。政治家は投票者が見極められない中で、利益を迅速に判断することを迫られる。

 

1章で整理した行動原理をベースに彼らの研究や、Congleton(2004)を参考に以下のように各主体の行動を整理した。

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官僚は、この機に乗じて予算規模を拡大する可能性(これあった方が絶対良いからさ!と車のオプションを奥さんに説得する旦那さん的な)や、現状維持を志向すると考えられる。

2009年の新型インフルエンザ対策の経緯を明らかにした(厚労省健康局長であった)上田(2010)では「検疫については、批判があるが、本稿で述べたように、初動における検疫の手順は政府の行動計画とガイドラインによって事前に決められていたものであり、実際の運用に際しては、現実にいかに合わせるか腐心した」と述べられている。

当時、政府は空港での検疫などの水際対策に固執したことが批判されていたが、背景にはガイドラインに忠実な官僚の姿もあったのだ。

 

専門家については、官僚や政治家に迎合(政治家や官僚に近い意見を述べて地位を確保しようと考えたりするなど)することも考えられるが、これまでの専門家会議の提言内容を一通り読むとやはり笹岡・福本(2012)で想定されるように「政策の転換」(随時アップデートされる情報を分析し、それに適した政策の提言)を行うことが考えられる。

 

以下のリンク内の提言内容を参照した。

www.mhlw.go.jp

 

 

各主体間の情報の非対称性

そして、もちろん主体間に情報の非対称性が存在する。

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というか、平時以上に拡大するだろう。

3.11の原発対応もそうだったろうが、専門的な知識が求められる中で選挙等で入れ替わりの激しい政治家たちの知識には限界がある。

 

それは私たち投票者も同じで、感染症やらの知識は限られる。

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そのような中で、何が自分たちの利益になるなんて正確に判断できない。

消費税増税などの分かりやすい争点があれば、賛成・反対が判断しやすいだろうが、刻々と状況が変わる中それぞれに何が良い悪いと判断することは困難だ。

 

しかし、政治家はそのような中でも世論(特に再選に大きな影響力を持つ中位投票者)がどのようなことに関心があるのか、早急に判断して政策に反映しなくてはならない。

様々な選択肢を吟味する時間も限られるため、政治家が判断を誤る可能性も高いと考えられる。ロックダウンするのに賛成か反対かという争点を作り出して、いちいち選挙をするわけにもいかないし。

 

新型コロナにあてはめると?

以上の主体者を日本の新型コロナ対応にあてはまると、どうなるのだろう。

そもそも意思決定機関はどこにあるのだろうか。

簡単に時系列を整理すると、「新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づいて内閣官房に設置された対策本部」が意思決定機関となる。

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総理大臣を本部長として、全国務大臣と各省庁の官僚により構成されている。

www.kantei.go.jp

 

また、専門家会議も対策本部の下に設置されている。

 

まとめと各主体の関係

新型コロナ対応に照らし合わせて各主体の関係を整理すると、以下のようになる。

 

専門家会議によって続々と政策を提案し、官僚は事前に定められた行動計画やガイドライン等現行の政策を忠実に実行し、政治家の判断を仰ぐ。

そして、政治家(主に閣僚)は、それらの狭間で投票者の意見や世論を見極めた上で政策を決定する。最終的な判断は、国民の代表である政治家が責任を負っていることとなる。

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赤い点線は情報の非対称性が存在することを表す

とまあ、こんな感じで何となくコロナという危機下の意思決定モデルを整理することが出来たように思う。

しかし、想像以上に危機管理と政治経済という観点での文献が非常に少ない。今後さらなる研究が発展することを願うが…。

 

次回は、この意思決定過程のモデルをベースに新型コロナ対応の過程などを振り返ろうと思う。

 

なーんて呑気なことしていたらコロナ収まったりして。

んなことないか。

 

では、本日はここまで。

 

 

<参考文献・参考URL>

・アリエ・L・ヒルマン(2006)『入門財政・公共政策 政府の責任と限界』井堀利宏 監訳勁草書房

・上田博三(2010)「新型インフルエンザ対策の経緯」『日本公衆衛生雑誌』57(3)

・笹岡伸矢,福本博之(2012)『リスクと政治的選択ーゲーム理論を用いた2009年新型インフルエンザへの対応と分析』修道法学34(2)

・佐々木一如(2017)『エンドゲーム:危機管理と政策終了』ガバナンス研究(13)

・ロジャー・コングレトン(2004)『危機管理の政治経済学 政治的意思決定における合理的選択、無知、そして拙速』宮下量久 訳 公共選択の研究 第43号