ごみと青い岩

素朴で等身大な城下町~甘楽町 小幡~

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過去にこちらで紹介した群馬県甘楽町にある楽山園と、それをつくった小幡藩

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この時には回り切れなかったが、実は楽山園の周辺には古い町並みが残っている。

今回は久しぶりにカメラを片手にのんびりと甘楽町は小幡の町を歩いてみた。

 

 

武家屋敷地区も残る古い町並みと、町を繋ぐ雄川堰

 

この日はポカポカ陽気で久しぶりにコペンの屋根を開けて走ってきた。

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 ここは無料駐車場で、小幡の町を歩くにはここが中心地にあって便利。

 

 

さて、X100Fを片手に歩き始める。 

 

最初はここ。武家屋敷とその石垣、そして当時の道がそのまま残る中小路。

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見える…見えるぞ…!刀を差して歩く武士の姿が…!

距離は短いけど、こうして町の中に当たり前のように江戸時代と変わらない光景があることは感動を覚える。

 

道の途中では、今も人が住む家の庭を見れたりする。

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ここ小幡の城下町には、雄川堰(おがわぜき)という用水路が巡らされている。

いつ頃につくられたものかは、今でもはっきりしていないようだ。

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織田氏小幡藩の統治者となった1600年代前半には、楽山園のすぐ隣にあった小幡陣屋が完成したりと、小幡藩としての形が整備されていった。

それに伴い、この雄川堰も現在の形と近い形で改修されたと考えられているらしい。

 

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心地よい水の流れる音を聞きながら、何枚か撮っては歩き、撮っては歩きを繰り返す。

あぁ…こうして町を歩いて写真を撮るって癒されるなぁ。

 

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うお!いい雰囲気の建物!って興奮してファインダーを覗いたり。

シャッター切った後にカメラを見つめて、「いいカメラだなぁ」なんてにやついたり。

 

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ここは桜並木になっているようで、春にはきっと素晴らしい景色になっているに違いない。

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そして、町中を流れる雄川堰は、節々で人々の生活との近さを感じる。

 

こことか。たぶん、当時から野菜や農機具を洗ったりに使う洗い場じゃないかな。

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今でも定期的に清掃もされ、水質が維持されているようなので、野菜の泥を落としたりにも使われているかもしれない。

 

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養蚕農家群を雄川堰とともに見つめる 

 

富岡製糸場が近いここ甘楽は、養蚕業が盛んな町だった。

この古い家々は、養蚕農家だった家でGoogle Mapにもピンが立っている。

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この養蚕農家の道具も目の前の雄川堰で洗われたりしていたようだ。

やっぱり小幡の人々と雄川堰の生活は密接に結びついている。

 

 この井戸は今でも使われているのだろうか。

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お、これはさすがに使われてそう。

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ちなみに甘楽の歴史や、養蚕業の歴史はここで学べる。

行った時は、私一人の貸し切りだった。

無駄に食い入って展示物を見ていたのに見かねて、学芸員?のおじ様がとても丁寧に解説をして下さった。

まさにミニガイドツアー状態…笑

 

ここに異動して来て間もないから自信がないと言っていたけど、プロは凄いですな~。

 

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蚕も小さいうちは柔らかい葉しか食べないから若葉だけを摘んであげたり、繭を必要な枠の中に全部つくるように工夫をしたり、養蚕農家は本当に大変だ。 

 

そんな苦労もこの雄川堰は見つめてきたのだろうか。

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小幡八幡宮~小幡の守り神~

 1645年に小幡藩の庁舎ともいえる小幡陣屋(楽山園は小幡陣屋の庭園)の鬼門封じとして建てられたのが始まりという。

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Twitterやっててビックリ。

twitter.com

 

鬼門封じって何だっけ?と改めて調べてみた。

鬼が出入りするくらい不吉な方角(北東)のことを「鬼門」といい、そこに寺などを建てて防ぐ意味合いがあったようだ。

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この小幡八幡宮も地図で確認してみると、きちんと小幡陣屋の北東に位置していることが分かる。

 

石垣の上に本堂がある。

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結構ワイルドな積まれ方した石垣だ。

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ふらふらと歩きまわっていたらだいぶ日が傾いてしまった。

けど、おかげで日の当たり加減が好みな感じ。ついつい写真を撮るのに夢中になってなかなか進まない。

 

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本殿の前にくぐるこの建物。民家の瓦のようなものが屋根に敷かれていたり、祭りなどで使うであろう長椅子も置かれている。

 

何だか良い意味で等身大な神社だ。

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雄川堰と同じように長らくこの小幡の町を見守り、愛されてきた場所なのだろう。

 

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こんなに美しい町の素地をつくった信長の子、信雄はきっと優れた武将であり、統治者だったのだろう。

信長の子でありながら、戦国の世をのらりくらりと生き抜き、江戸にも近いこの地に領土を与えられているのだから。

 

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ここ甘楽の小幡の町並みは、決して川越などの「小江戸」で有名な町とは違い、The 観光を期待する方にはおすすめしない。

 小幡は、決して誇張しない当時から脈々と続く、等身大で素朴な城下町を残しているのだ。

 

この言葉に「むむ」っと食指が少しでも動いた方は、ぜひ訪れてみてはいかが?

 

では、本日はここまで。