
2年前に閉店したPARCO津田沼。青春時代を過ごした津田沼の駅北側の象徴が消え、まだ心に開いた穴が塞がらない。
と思っていたらヨーカドーも閉店し、いよいよ南口の象徴だったモリシアが閉店してしまった。幼少期からお世話になったモリシアの最後は見届けなければということで、最後の姿を写真に収めてきた。
あまりに辛過ぎる別れ
就職するまでの20数年間、この津田沼で生きてきた。久しぶりに訪れる故郷は、PARCOやヨーカドーなどの当たり前が消え、少々寂しく見える。

いよいよ君もか...。

今となってはモリシアという名の商業施設だが、2008年まではサンペディックという名だった。ダイエーが入り、エキゾチックタウンという専門店街が存在していた。
加えて、既に閉店済みだが習志野文化ホールという文化施設も併設されていた。
ここは幼い頃から、学校の合唱祭や行事に必ず訪れる場所で、この地域で育った人間で行ったことがないという人は稀などではというほど親しまれた場だ。
ここも解体予定の施設ではあるため、まずは習志野文化ホールから写真に収めていきたい。
習志野・船橋市民の文化拠点 習志野文化ホール
入り口にやってきた。当たり前だが、照明は落とされ、中は解体工事に向けた作業中の様子が伺える。

44年というおよそ半世紀の間親しまれてきた。内部も含め今でも全く古臭さを感じない のだが、それ故にまだまだ使えるのに...という思いも芽生えてしまう。

とはいえ、タダで維持できるわけではないし、習志野市としても辛い決断ではあったのだろうと想像する。
隙間から内部を撮ってみた。学校で利用する際は、大体ここで集合・整列する。
中央に立つ全裸の彫刻をイジるやつの記憶がふと呼び起こされる。

それをきっかけに走馬灯のようにここで参加したイベントの記憶がどっと流れ出してくる。
モリシア歴史展に写真集があり、そこから拝借したありし日の同じ構図の写真↓。

カメラがある方の出口から出ると、別の棟が建つ。

私が子供の頃には、既に高島屋は撤退していたが、このサンペディックの文字が無性に懐かしい。

そんな常識も移り変わる。自分はいまだに10年前ぐらいの感覚で止まってしまっているのだ。

受け継がれてきた津田沼南口の象徴
「オシャレになった」と子供ながらにサンぺディックからモリシアへのリニューアル後に思ったものだ。その景色がまさにここから見た景色だった。

ダイエー時の姿が↓こちらのブログに残っている。
レンガ風のいかにもダイエーな感じが懐かしい。
それがガラスなどが使われた明るい雰囲気となり驚いた記憶がある。
南口側にマクドナルドができたこともかなり嬉しかった。津田沼は北口まで行かないとマクドナルドに出会えない。

こちらも歴史展で展示されていた写真から拝借。髙島屋として開業した当時の姿のようだが、ほぼダイエー時の姿と同じだ。懐かし過ぎる...。

同じアングルから撮ってみる。

記憶上ではそこまで大きく変わった覚えがなかったのだが、意外にも装飾やホールの雰囲気は変わっていたのだな。今さらながら驚く。

懐かしい1階のエレベーターホール。

ここもほぼ変わらずだが、エレベーターが1基に変更されている。比較して思い出したのだが、ダイエー時代も上の写真と同じ2基体制だったのだ。大人が4〜5人乗ったらキツキツというレベルの広さだったと思う。

サイズを広げて1基に減らしていたのだな。すっかり忘れていた。
ダイエー時代のエレベーターは、各階に到着する前か動き出す前だかに「ふわっ」という嫌な挙動をしていたのもついでに思い出した。子供の頃はこのエレベーターに乗りたくなかったのだ。
些細なことで記憶が入ったボトルの詮が抜けて、どばっと当時の記憶が溢れ出す。

現状、モリシアは解体予定とのことだが、昨今の建築資材高騰・職人不足の影響で次期施設の計画が見直されるなどもされている模様。

いつの日か、またその施設も新たな懐かしい思い出を生み出してくれるはず。
これからも故郷、津田沼を見守っていきたい。