ディズニーランドの次の記事がこれなのか、と自分でも呆れてしまう。
11月に長野旅行へ出かけてきたついでにディープな場所をたくさん回ってきたため、しばらくは長野スポットが続いていくことを宣言しておきたい。
第一弾はずっと行ってみたかった松代地下壕。
第二次大戦末期、皇居を筆頭に大本営、その他政府機関の中枢を移転しようとした計画が存在した。その移転先が、松代の地下に掘られた地下壕だった。
大本営移転計画という狂気
場所はこちら。「象山」というワードを聞くと、佐久間象山を思い出す。
実際松代出身の彼が、この地下壕が掘られた山の名前をとって自身を「象山」と名乗ったのだという。
長野市の公式ページはこちら。
地下壕と言えば、数年前に千葉県館山市の赤山地下壕へ行ったことがある。
現地を訪れた時にとても感動したことを覚えている。果たして今回はどうだろうか…。
そもそも今回訪れる松代象山地下壕は、東京から200キロほど離れたこの地に首都機能をそっくりそのまま移そうというとてつもない計画で工事が進められたものだ。
本土決戦を見据えての計画だったという。
しかし、国民を地上に残したまま自分たちは地下に引きこもるというのは、追い込まれた人間たちによる常軌を逸した判断のように思う。
確かに政府機能が無くなったら国家として成り立たないというのは分かるが、そうまでして続ける戦争にもはや大義もなにも無いだろう…と思ってしまう。
本当にこの地下壕たちが役割を果たすような世界線だった場合、日本本土は隅々まで戦火に焼き尽くされていたかもしれない。
城下町の風情が残る街を歩いて
そんな地下壕を目指し、無料駐車場へ車を停めて歩き出す。
まち全体が城下町の風情を色濃く残しており、地下壕に着く前にかなりテンションが上がる。
この稲荷神社もいい雰囲気。
左右住宅に囲まれる鳥居たち。
本当にのんびりとした時間が流れていてとても気持ち良い。
本当にこの先に地下壕があるのだろうか。それも、政府機能を移すような大掛かりな地下壕があるなんてとても想像ができない。
豪内の広さに圧倒される
現地に到着してから入豪料を支払い、ヘルメットをお借りして中へ入る。
”長野県”の文字に心が躍る。公式調査みたいでカッコ良い気がする。
ついに入口へ。
まだよくある地下壕や鍾乳洞の入り口という感じ。
しかし、ここからとてつもない規模感に圧倒されていくこととなる。
しばらく進むと車がぎりぎり2台交互通行できるような広さになっていく。
しかも先が見えない…。待て待て広過ぎないか…?
この地下壕は削岩機で穴をあけ、その穴に爆薬を仕込み爆破することで掘り進めたとのこと。そのため、ところどころにこうした穴をあけるためのロッドが刺さったままになっている。
松代が大本営移転先に選ばれたのは、地盤が頑強であることが理由の一つ。
たしかに房総の砂岩主体のものとは異なる。
非公開ゾーンをフェンス越しに覗くと、爆破して掘り進めた跡だからか岩石が散乱していた。
他にもトロッコの枕木を置いていた跡等が残っている。
公開されているのは500メートルだけだが、象山地下壕全体では10キロに及ぶという。
長さだけでなく、天井の高さと横幅の広さは異次元。
本気で政府機能をここに集約しようとしていたことがよく分かる。
地下壕から出て象山を見上げる。
この中にあれだけ広大な地下壕があるということが、未だに実感できない。
もし本当に地下壕が使われていたとしたら、泥沼の本土ゲリラ戦となってさらなる悲劇が繰り返されていたかもしれない。
この地下壕を計画した人々も真剣に日本のことを思っていたことには変わりないのだろうが、あまりにも現実離れした計画であることが実際に現地を見て思った次第。
追い込まれると正常な判断ができなくなってしまうということなのだろうか?
いずれにしても、少しでも興味がある方はぜひとも現地を訪れてみて頂きたい。
地下壕そのものの規模に圧倒されつつ、計画の狂気さも同時に突きつけられるそんなスポットだった。
では、本日はここまで。